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正確には、松田聖子は光源氏のモデルとなった人物の子孫である。
松田聖子の先祖を遡っていくと、先祖が嵯峨源氏の源融(みなもとのとおる)にあたる。源融は、紫式部作の『源氏物語』の主人公の光源氏のモデルといわれる貴族。
その後どのように松田聖子へと繋がっていくかというと、源融の孫の孫にあたる源満末が肥前国に朝廷直轄の組織の荘官として九州に下り、更にその孫の源久直が源平合戦において功績をあげ、筑後国三潴郡(現在の福岡県)の地頭となり、蒲池村に定住する。
そしてそこで蒲池久直と名のり、蒲池家を創設。戦国時代になると、蒲池家は12万石の柳川城主になります。戦国時代末期に衰退したものの、蒲池家から派生したいくつかの子孫の中で江戸時代の柳川藩主の立花家の家老格となったのが、松田聖子の生家の直接の祖先となっている。
途中に養子を迎えて家を存続させていたりしているので、松田聖子本人が光源氏こと源融の血を受け継いでいるかは不詳だが、ともかく家系図上は光源氏の子孫といっても相違はなさそうである。
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